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掌篇★ガチャポン

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1200字小説『沈黙(しじま)の記録書』

 そは言霊の檻にして霊廟、全ての声音の褥、永遠の静寂にして真理、数多の知識の基といわれ、知を求める者達の間で幻の書とも禁断の書とも伝えられてきた。だが誰も手にした、読んだと語る者はいない。一体いかなる言語で記された書なのかさえ解っていない。
 伝承によれば、その本はぬばたまの闇に隠されていると云う。また、ある者は砂漠の砂中深く眠ると語る。流浪の民の語りべは決して溶けない万年氷の下だと真しやかに吟う。
 巷間に流布する噂や伝説を丹念に選りすぐり検証すると一本の細い線へと辿り着く。
 私は僅かな手掛かりを頼りに倫敦の下町の古書店を訪れた。馬車を停める場所さえない、狭い露地の奥にその店はあった。鉄の門扉にはラテン語で「この門を潜るもの決して声を発してはならぬ」と刻まれていた。
 出迎えた店主は、山羊髭を生やした老人で耳が不自由だった。筆談で件の本について訊ねると、確かにここに在るがあなたの思うようなものではないと答えた、噂が独り歩きして困るとも。私は欲しいだけの金額を払うと交渉したが、金以上の代価が必要だと言う。絶対に声を出さないと誓い、階段を降りた。石の扉には「汝、耳に惑わされるべからず」と刻まれていた。石室の中は、あらゆる音に満ち溢れていた。水、風などの自然音から、馬車やプロペラ、蒸気機関の音、人のたてる騒音や音楽……。耳許で囁かれる声は親しい友人達のもので声を潜めて私を嘲笑っている。ふん、人間など一皮剥けば皆そんなもの。唯一絶対は知識のみ、それ以外は無価値だ。
 奥の石壁に木の扉が付いている。やはり、「汝、闇に迷うべからず」と刻まれていた。
 中は完全な無音で、鼻をつままれてもわからないタールのような闇の中を老人に手を引かれて歩む。幽かに黴臭い匂いが漂い、足許がブカブカと柔らかくぬかるんでいく。長時間歩き、腰まで泥に埋もれた頃に奥に白い光が漏れ見えた。触ると紙で出来た扉だ。
「汝、知識に淫するなかれ」指先に言葉が触れた。中は白い広間だった。窓の無い部屋でたくさんの男達が鎖に繋がれて壁に文字を記していた、体を腐敗させて半ば朽ちながらもそれぞれが数字の羅列や歴史、哲学や文学について綴っている。気がつくと私の頸も鎖で繋がれて自らの持てる知識を目前の壁に記していた。私は糸巻きの糸をたぐるように記憶を辿り、一筆毎に体は軽くなってゆく。どのくらい書いただろう、コトリと糸が絶えるように私は空になった。私は糸車の軸となり、軛から解き放たれた。ハッと我に返ると老人に記録書を手渡された。予想外に薄く軽い本で数頁を読んで余りの凡庸さに興味を失った。
 私は倫敦を後にして屋敷に戻り、以後、二度と記録書について語ることはなかった。
 領地を治め、家庭を守り、穏やかな幸福を享受した。だが今でも夢想しては怖気を震う。
 書痴と化し、読みきれぬ膨大な書物に埋もれて恍惚の笑みを浮かべる己の姿を。

■■■■■■■■■■

 投稿作は、改行が少なくて綺麗ではなかったので若干の修正を加えました。本来はもう少し長く書くべき話ですが、書き始めたら毛糸玉が転げるように最後まで進んでしまい、用意していたオチが余ってしまいました。

 読者投稿怪談の『本』テーマは時間があれば、後十篇くらい書けそうで、吸血鬼以来のノリです。私はやはり、「好き」を頼りに書いているようです。このテーマの自作で一番気に入っているのは『人魚姫』の話で、モデルになった右手のオブジェがとても美しかったので思う以上のものが書けました。
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コメント

逆に私は書けなくて苦労しましたよ「本」は。
あんなに辛かったのは一作も採用されなかった「酒」以来でしょうか……

「酒」は呑まないけど「本」は読まないわけじゃないのに。

  • 2008/11/05(水) 14:24:33 |
  • URL |
  • だい #-
  • [ 編集 ]

>だいさま

私が辛かったのは京都と山です。

京都は、関連本を二冊読んで、いよいよ奥深さにお手上げになり、主人公達を訪問者として書きました。
山は、私が完璧インドア人間なので獣と爬虫類の助けを借りてなんとか凌ぎました。

二編出して、全く採用されなかったのは鬼です。響鬼愛が溢れていたのに~。(笑)

  • 2008/11/05(水) 17:07:50 |
  • URL |
  • みづは #-
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