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掌篇★ガチャポン

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「真神ヶ山」

 見渡す限り青と紫と黄色の風景だ。
 視界からは、赤みが全て消えている。
 

 欠けた色彩を補うように、草木、土、水、風、鳥、動物、虫、魚、数多の匂いが周囲の様子をつぶさに伝えてくる。
 五感は冴え渡り、かつてないほどに躯は軽くバネがきき、面白いように容易く四肢を操れる。爽快だ。俺は山腹を駆けている。


 最後に眠りに就いた時には噛み傷がひどく痛み、全身が焼けるようだった。
 俺は村一番の猟の名手だ。深山で巨大な狼と渡りあって重傷を負い、奴を殺して命からがら家に帰り着いたのだ。
 家族や友人が次々に枕辺を訪れて語りかけたが、ろくに返事もできない有り様だった。唇は乾いてひび割れ、熱にうかされ、喉からは風のような音が漏れるばかり。


 それが目覚めたら、枯れた花と一緒に狭い棺桶に押し込められていた。蓋を壊し、土を爪で掻き、搭婆を倒して地上に出た。
 俺は裸足で変化した山に立っていた。
 匂いを頼りに家路を辿り、懐かしい木戸を叩いた。辺りには母の煮る鍋の匂いが漂っていた、ひどく空腹だった。
 「二郎あんちゃか?」
 五つになる弟の三郎が出迎えた。俺は飛び付いて、気づいたら柔らかな首を喰い破っていた。白目をむき、全身を震わせて次第に力を失う弟の躯から咽喉を鳴らして命を絞り、温かいはらわたを貪っていた。
 母の悲鳴に我に返ると父が「祟ったか、こん化けもんが!」そう叫びながら鋤を向けてきた。俺はくわえていた弟の腕を土間に落とした。強く撲られても不思議と痛みは感じなかった。
 兄に鉄砲で狙われて、俺は唇を濡らしたまま遁走した。
 ぬるりとねばつく弟の血を手で拭い、濡れた指をしゃぶり、新鮮な肉の甘さをうっとりと反芻した。


 今は夜なのだろう。麓の家々には灯りが点っている。
 足元の清流に映る我が身は毛深く荒々しい獣の姿をしている、燐光を湛えた瞳と尖った牙……、ああ、そうか。山が変わったのではなく俺が変わったのか。
 間もなく松明を掲げ、武器を持った村人達が山狩を行うだろう。
 だが、恐ろしくはない。俺はこの山を熟知している。ただ猟の仕方と獲物が変わっただけだ。
 月光を浴びると躯の奥底から歓喜の波が突き上げてきた、俺はたまらずに雄叫びをあげた。それに応えて遥か山々から眷属達の遠吠えが長く尾をひいて響く。 俺は本能の導くままに、群青の闇に分け入っていく。
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