掌篇★ガチャポン

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「書淫記」


 「おじさん、本好きでしょう。力をあげる」

 夜の街で声をかけられて、唇を奪われた。
 白面の美少年が笑いながら駆けて行った。
 呆然自失。おじさん、なんて失礼な! 俺はまだ、かろうじて二十代だぞ。
 ああ、俺のファーストキスが男に。それにしても、ありえない位、柔い感触だった。
 ふらふらと近くのコンビニに入ると強い気配を感じた、雑誌のコーナーからだ。
 週刊誌や棚挿しの文庫本の上で、半透明のたくさんの腕がゆらゆらと揺れている。誘うような色とりどりの手の中でひときわ強い光を放つものがあった。吸い寄せられるように近づいて光る掌を握ると、俺は怪談の短編集を手にしていた。
 ビールと一緒に会計を済ませて持ち帰り、家で呑みながら読んだ。面白い! 久々の大当たりだ。
 俺が読書する間も、壁一面の書棚の上で、数多の腕がオイデオイデと揺れて誘い、「最近、お見限りじゃないの?」とでも言いたげなひどく怨めしげな気配を発していた。

 以来、大好きだった書店巡りが怖くなった。店に一歩足を踏み入れると絶対に空手では出られない。土嚢のように重い荷物を抱えて、帰宅する羽目になった。その本がまた悉く面白い。乏しい預貯金を遣い尽くし、余暇は全て読書に費やして、目の下に隈を作り、ついに倒れて会社を休み、病院で点滴を打った。
 こ、このままでは死んでしまう!
 一計を案じ、泣く泣く書店通いを諦めた。
 不柳を囲いネットサーフィンに興じた俺は、ここなら安全だろうとウェブ書店を覗いた。甘い! 甘過ぎた……。
 画面に映る無数の書影が一斉にウインクして俺を誘惑する。一際輝く金色の瞳に眩惑されて我を忘れ、クリックし続けて、気がついたらクレジットカードの限度額一杯まで本を買い、決済をしていた。
 翌日に届いた本は傑作揃いで、部屋の僅かな隙間で泣きながら貪り読んだ。
 「地震がきたら、本に潰されて死ぬかもしれない」、押し入れで眠りながらそう考えた。
 案ずることなく、地震の前に床が抜けた。

 俺は思案の末に一念発起して資格を取り、図書館司書に転職した。もちろん職場ではモテモテである、本達に。いつもニヤニヤしている不気味な人と噂されているが、良書のソムリエと呼ばれて利用者の信頼も篤い。
 だが、暴走するといって、図書の購入だけはさせて貰えない。
 ともあれ、書物の守護者にして番人というのは本の気配が感じられる俺の天職だろう。

 ある日、書架の上から声が降ってきた。
 「ごほうび、欲しい?」
 高みに腰かけた少年の唇が紅く濡れていた。
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